武庫東自治会は、昭和41年(1966年)11月に創設されました。地域には水田や畑地が多く、古くから居住している地元住民と、農地を整地した分譲宅地に住む住民により自治会が形成されました。

当時の自治会は10地区(京役、貝原、大泥、阪草、南戸板、常吉、底桶、大田川東、正ノ上、南吹上)により構成されていました。その頃は降雨が続くと農業用水路が氾濫するので、市と共に護岸整備や暗渠排水(地下に通水空間を施工)工事を行いました。

昭和55年(1980年)には、それまでの7地区(京役、貝原、大泥、底桶、第一大田川、第二太田川、弓田)から「京役」を第一と第二に分けて8地区としました。これが現在の武庫自治会の地区割りの原型となりました。

昭和59年(1984年)には地区名を変更し、A・B・C・D・EA・EB・F・G地区としましたが、さらに平成14年(2002年)に現行の名称であるA・B・C・D・E・F・G・H地区の名が誕生しました。

平成11年(2005年)6月には、会報誌「わがまち」第1号が発行されました。「わがまち」は、その後も定期的に発行され、現在も継続されています。

(上記は、平成17年(2005年)1月発行 武庫東自治会「40年のあゆみ」からの情報をもとに執筆したものです)